神さまのお話  (5)

十字架にかけられるイエズスさま  しかし、イエズスさまのお仕事は、いよいよ終わりまして、そのときからはイエズスさまは、迫害されたとき、ひとつも抵抗なされませんでした。イエズスさまは、その悪人のために十字架にはりつけられて、はじめのうちはひどくむちうたれ、いばらのかんむりをかぶせられ、それから十字架にはりつけられました。
 言うまでもなく、イエズス・キリストは全能なる神さまだから、一ことばでその悪人たちを倒す力がありました。一ことばで皆を殺す力もありました。
 しかし、イエズス・キリストさまは、そのためにこの世にお生まれになったのではありません。イエズス・キリストさまは、わたくしどもの犯した罪をつぐのうため、この世にお生まれになりました。ですから十字架にはりつけられたとき、一つも不平を言わないで、静かにその苦しみを甘んじてたえしのびながら、その苦しみをわたくしども人間の罪のあがないのために、神さまにおささげになりました。

 イエズス・キリストさまは十字架の上で、私どもの身代わりになってたいへんお苦しみになりました。それからおなくなりになりましたが、おなくなりになったのは、ちょうど金曜日の午後の三時ごろでした。
 イエズスさまが十字架にはりつけられたのは、ちょうどひるごろでした。十二時ごろ、そして、おなくなりになったのは三時ごろでしたから、三時間しか十字架にかかっておられません。その間、にわかに空がくらくなって、ちょうど三時にイエズスさまが最後の息を引き取られた時、ものすごい地震がおこりまして、本当に不思議な現象でした。そのふきんの人たちは、こわくてこわくてほとんどの人がにげてしまいました。
 しかし、イエズスさまのお母さまと、一番若い弟子のヨハネとマグダレナのマリアと数人の女の弟子たちは、ずっと最後まで、その十字架のそばに立っておられまして、イエズスさまを慰めようとしました。
 イエズスさまは、最後におなくなりになりましてからは、まもなく、お母さまと、数人の弟子たちがてつだって、イエズスさまのご死がいを十字架からとりはずして、それをきれいに洗いましてから、その近くのお墓におさめました。
 ちょうどその近くに、ニコデモという有力なおかたと、アリマテアのヨゼフは、ごしんせつに、自分のためにつくった新しいお墓をイエズスさまにかしてくださいました。イエズスさまのご死がいが、そのお墓におさめられたのは、ちょうど金曜日の午後六時ごろだったでしょう。
 それから次の日は安息日ですから、だれもお墓まいりをすることができませんでした。ユダヤ教では、安息日は土曜日で、そして、安息日には仕事も禁じられているし、墓まいりも禁じられていました。それで、だれも墓まいりしませんでした。

 しかし、イエズスさまを殺した人たちは、よくイエズスさまの約束をおぼえていました。”私は死んでも、かならず三日以内に生きかえる”と、イエズスさまは、何回もその弟子たちにおおせになりました。イエズスさまを殺した人たちは、そんなことはできますまいと思っておりましたけれども、念のために、イエズスさまのお墓の入り口に番兵を立てて、昼も夜もそのお墓をげんじゅうに守りました。
 イエズスさまはもちろん、死んでおられました。十字架の上でおなくなりになってから、その死刑場の監督人は、イエズスさまの心臓に、槍をさしたのです。その槍は、まだ保存してあります。いったん自分の心臓に槍が入りましたら、もちろん、そういう人は完全に死んでおります。その死刑場の監督人は、早く自分のしごとをかたずけて、早く引き上げたいと思って、そのためにイエズスさまの、み胸にその槍をさしたでしょう。
 しかし、その人は、イエズスさまの、み胸に槍をさしてからは、全く変わった人間となって、イエズスさまの御復活の後、信者となって、自分も布教に出かけて、そして、しまいにイエズスのみ教えのために、生命までもおささげになったそうです。

 

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